所JAPANで取り上げてくれた「武蔵野線」沿線!

きのうのフジテレビ「所JAPAN」は

私にとって身近なJR武蔵野線沿線を取り上げてくれた。

経済アナリストの森永卓郎さんが

「子育て世帯を取り合いしている地区」として

この沿線が注目されているのだと。

私が社会人1年目として働き始めた職場は

東所沢と新座の中間地点で

当時は西武球場と真逆(いまはベルーナドームに)で

茶畑が個性的な田園風景があったところだが

いまでは角川武蔵野ミュージアムができて

一気にサブカルチャーの匂い(香りか?)が拡がる場所に早変わりした

サクラタウンになっちゃったということで

そういえば駅舎も斬新になったのを去年見たことがある。

(写真がないのが残念!)

kadcul.com

そして番組では吉川の「なまず料理」を取り上げたり

西船橋の「小松菜ハイボール」も。

いわば街おこしのために地元産の味をマスコミに売り込んだら

ついに「バズった」というわけで

仕掛けた側としてはナミダものであろう。良かった良かった。

でもどちらも味わいたいのにきっかけがつかめないのが惜しいことだ。

ただ、武蔵浦和のスイーツや

西船橋の「アンデルセン公園」は

他から来た人には「強引じゃないの!」と言われるのでは

ないだろうか?

特にアンデルセン公園に行くには

西船橋から東洋高速線で北習志野まで行き

そこから新京成線に乗り換えて

三咲駅からバスに乗らなければたどり着かないのだ。

(むしろ船橋駅北口からバスを乗り継いだ方が良い)

武蔵浦和のスイーツだって

地元民以外はその店にたどり着くのは難しいし

それならば「彩菓の宝石」か「十万石まんじゅう」のほうが

買いやすいと思うが、

JR浦和のほうがいいとなるとやはり難しいということか。

www.saikano-hoseki.jp

www.jumangoku.co.jp

そして新三郷といえば

やっぱり「コストコ」だが

なんと、番組ではここではなく

「ボンゴバザール」というハラルフードやベトナムなど

アジア系の食材が買えるスーパーを紹介。

ぜひ行ってみたいなぁ。

bongobazar.info

www.ktv.jp

 

 

Amazonにつづいてappleも「労組」結成へ。

先週、TwitterAmazonの配達員が労組を

結成して団体交渉を申し入れるという書き込みがあった。(13日)

 「インターネット通販大手アマゾンジャパンの下請け企業と

  業務委託契約を結び、

  神奈川県横須賀市を拠点に働く配達ドライバー10人が13日までに、

 『東京ユニオン・アマゾン配達員組合横須賀支部』を結成した。

 組合員は個人事業主として働くが、

 アマゾンからアプリなどを通じて指揮命令を受け、

 労働時間も管理されているとして、業務委託は「偽装」と主張、

 労働基準法上の労働者に当たるとしている。」

アメリカのアラバマやニューヨークの倉庫で労組が結成されて

その波がついに日本でも本格化してきたが、

きのうの日刊ゲンダイでは

ついにアメリカのappleストア(直営店)が労組を結成したという

記事があったのだ。

ストアの一部従業員は、

最低時給を30ドル(約4000円)に引き上げることを要求しているが

apple側は20ドル(約2700円)から22ドル(約3000円)に

引き上げることで労組の拡大を阻止することに躍起になっているそうだ。

それにしても最低時給は「円安」とはいえ

2700円なんてうらやましい話で、

もしも現地に知り合いがいて英会話が出来たとしたら

アメリカに出稼ぎに行きたいなぁ…と。

もちろん無理な話だが、わが国といえば

やっと時給が1000円を越えたところまで来たものの

物価高騰、年金カット、税金や社会保険料の値上げなどで

まさにスズメどころかアリの涙程度の効果でしかない。

こうなったら参議院選挙で最低時給を上げてくれる

政党や候補者に期待するしかないのだが

どういうわけかそれに反対する政党と候補者が

支持率を上げているのだから

まさに「不思議の国のニッポン」だ。

なかよし同然のアメリカは

国民が労組結成を支持して最低時給に底上げを

応援してくれている。

日本はまったく逆。

こういうところをマネしてほしいものだが!

shiraike.hatenablog.com

shiraike.hatenablog.com

沖縄・西表島・「緑の牢獄」(キネ旬シアターで映画)

まもなく沖縄慰霊の日が近づくが

今年は沖縄に行くのをあきらめ

読書や映画で考えることに切り替えた。

きのう19日は柏市キネマ旬報シアターで

黄インイク監督作品の

「緑の牢獄」を見た(2021年作品・23日まで)

2018年に亡くなった橋間良子さんの最期の生活と

その中から出てきた言葉とその周辺を少しづつ積み上げることで

第二次世界大戦における

沖縄・西表島の知られざる歴史をさらけ出していくストーリーに

なっている。

橋間さんは1926年(大正15)にいまの台湾・新北市に生まれる。

そしてすぐに養子にもらわれる。

「もう兄さんと呼ばなくたっていいんだ。

 それがわかったんだ。」

一家が西表島に突然移住したのは1936(昭和12)年頃。

農業をやっていた養父が友人の誘いをうけて基隆や瑞芳などの

炭鉱で働いていたらそこの幹部から

西表島の「南海炭鉱(南海會社)」へのスカウトを受けたからだ。

しかし、「あそこは家族連れではなく一人暮らしの男が行くところ。」

「お前たちは殺されにいくのか」「琉球は毒のある島だ。」

と友達から言われたそうだ。

「横になると、ここに初めて来たときのことを思い出す。」

劣悪な環境のなかで働くことの意欲を失い

モルヒネに手を出したりお金がらみで騙し合ったり

木に吊るされて殴られているところを見たこともあったのだと。

そして橋間さんは「兄さん」と結婚して子供を産み、

沖縄戦が激化したときに最初の子を亡くし

近隣の台湾人家庭から

「広島のニイニイ」を養子に迎える。

終戦後に台湾に引き揚げたときにその前(7月)に生まれた長男が

「国民党軍上がりの軍医」に注射を打たれたあとに

ポリオ(小児麻痺)を羅患。

「いまは石垣にいる。左手と左足が不自由だけど

 これは軍医を恨んでもしょうがない。あの頃はああだったんだから。」

それから2年後に密航で一家は再び西表島へ。

「養父は台湾でタイヤを集める仕事をしていた。」

しかし西表では仲良川の二番川の奥に開拓地を設けて

農業で生計を建てるも

朝鮮戦争特需による西表の森林開発が盛んになると

養父は出稼ぎに来た同胞を束ねて参加するようになった。

(パンフレット参照)

次男が大学で差別されているのをきっかけに

日本に帰化して「橋間家」になるも

勤めていた会社の倒産後に行方不明になったり

「広島のニイニイ」も1970年代に亡くなったりするなどで

白浜港に近い「おばぁの家」は一人暮らしになってしまった。

一時期はルイスというアメリカから来た青年が

居候として暮らしていたが

「自分は日本に行きたい。沖縄は日本と違うところがある。」として

関西に移住する。でもここで暮らしたことで

また頑張ってみようと思ったそうだ。

西表島に炭鉱があったことなんて知らなかった。

そして台湾と八重山諸島のつながりは

地理的条件を越えた「何か」を

この映画で初めて知ったことが多かった。

戦争の悲惨さよりも

家族が自らの安住の地を求めて

ひたすら旅を続けていくこと。

最期の選択が決して故郷とある母国ではなく

異国である西表島であることの「なぜ?」という疑問が

少しづつ解き明かされるような感じだった。

歴史の変化による激流のなかに揉まれて

それでも「生きていく」ことをあきらめず

老境を迎えた橋間さんの姿は

怒りよりも穏やかさの表情ばかりだった。

そしてお墓の前で亡くなった養父母やその祖父母の霊に

語りかける。

「じきにそっちに行くからまた会おうね。」

島の自然が牢獄なのだろうか。

そこに埋もれた炭鉱や林業などの

開発の痕。それも緑が埋め尽くして跡形もない。

ただこの島に再び戦争が押し寄せてくるのだろうか。

そうはあってはならないのである。

maga9.jp

shiraike.hatenablog.com

 

 

 

 

アド街ック天国と堀切菖蒲園

きのう放送された

出没!アド街ック天国」(テレビ東京)は

堀切菖蒲園を取り上げていた。

思えばコロナ禍前のちょうど今頃に

ここに行って旬の風景を撮ったことがある。

スマホGoogleフォト機能で出てきたことで思い出した。)

でも番組を見てスゴイと思ったのは

近くの荒川河川敷にある堀切水辺公園を

ボランティアでお世話している

黒川幹雄さんと祥子さんご夫妻だ。

この公園は葛飾区が整備したのはいいが

住民に自主管理を任せたために「誰がそれをやるんだ!」ということになり

手を挙げたのが黒川さん夫婦なのだ。

靴の職人の仕事をやりながら世話をするのは大変だと言ってたが

特典もあるのだと。

それが「花菖蒲の天ぷら」(自家製)なのだと。

花びら(白く咲いていたのを間引いたの)を使っているだけあって

蜜からの甘さがあるのだと。

「ナスの天ぷらよりは上だね。

 カボチャの天ぷらよりはちょっと下」なんて言ってたけど

旬の味は最高だろうと思う。

でもいつも世話をしているのには頭が下がる思いです。

黒川さん、どうかお体にお気をつけて。

それにしてもレミオロメンの名曲「3月9日」のMVは

荒川河川敷の堀切ジャンクションのところでロケをして

デビューしたころの堀北真希が出ていたという話には驚いた。

そして対岸のほうでは「3年B組金八先生」の

あのオープニングのシーン(贈る言葉!)を撮影していた場所が

あるのだから、堀切は侮れない下町と言ってもいいだろう。

金八先生のほうは足立区の千住曙町なのだが。)

それでは最後にプレイバックを。

www.tv-tokyo.co.jp

www.city.katsushika.lg.jp

shiraike.hatenablog.com

最高裁が出した3つの「不当判決」!

もはや日本に三権分立は有り得ない。

今週はこれが明らかになる3つの裁判、

それも上告審の不当判決が出た。

まずは群馬県の県民の森にある

朝鮮人追悼碑の撤去は違法かを争った裁判だ。

www3.nhk.or.jp

この裁判は追悼碑に書かれた内容ではなく

ここで過去に行われた追悼集会で

政治的な発言があったことで

「建立した市民団体が群馬県との約束を破ったから」

撤去を求めるということだったが

そのきっかけは県が事実を調査したことではなく

1人の県民が県の告発したことを「鵜呑み」にしたことが

事のはじまりだったのだ。

だから第1審は「違法」との判決が出て、その告発の内容が

「ウソ」だったのにも関わらず控訴審だは逆転で「適法」になり

上告審でもそれが支持された。(16日)

これは第二次世界大戦中における当時の日本政府による

朝鮮人の強制連行は「ウソ」であることが

司法の場で認定されたことになる。

当然原告側は大怒りで20日に抗議集会を予定されているが

まさに北朝鮮によるミサイル発射実験が繰り返されている中で

在日朝鮮人を虐げるような判決が出たことは

日本は「差別主義国家」の道を選択したこと。

この事実は重い。

www.jomo-news.co.jp

次は福島第一原発事故において国の責任を問う

複数の訴訟において最高裁で統一判断が下されたこと。

www.tokyo-np.co.jp

あの事故が起こる前から

巨大地震津波が2011年以前から予見し

国が電力会社に対して策を講じることを命令することが

出来たのではないかを問われたが、最高裁

東京電力(東電)が試算した津波は実際の津波とは規模や方角が異なり、

 仮に国が東電に対策を命じていたとしても

 事故は防げなかった可能性が高いと判断した。」

(上のHPから抜粋)

しかし判事の4人中三浦守裁判官(検察官出身)だけが

「国や東電が真摯な検討をしていれば事故を回避できた可能性が高い」として、

国の責任はあったとする反対意見を出したが、

今後の訴訟では東電のみが事故の責任を問われることになりそうだ。

しかし原告側は東電がたとえ自分たちが調べたことを国に隠蔽しても

その責任から逃れることはできないと客観的な資料に基づいて

問い続けた。それが

防潮堤の建設や重要機器室への浸水を防ぐ水密化」だったが

最高裁は多数意見でこれを退けたのだ。

しかし、あの原発は非常電源装置を

海に近いところに設けたこと。

これを許したのは当時の国の責任ではないか。

しかし最高裁津波の予見性には判決では判断しなかったので

この件に関する行政上の「責任」がうやむやにされたのだ。

まさに3人の裁判官が訴訟リスクを恐れる

国に「忖度」したとしか言いようがないのだ。

nordot.app

そして最後は

大阪府立懐風館高(羽曳野市)の元生徒の女性が、生まれつき茶色い髪を黒く染めるよう指導されて不登校になったとして、府に慰謝料などを求めた訴訟で、最高裁第2小法廷(菅野博之裁判長)は女性側の上告を退ける決定をした。」

という判決だ。(15日)

www.msn.com

この裁判は第1審から

「生来の髪色が黒色だと合理的な根拠に基づいて指導をした」として

「黒染め指導」は適法だという判決が出て

控訴審でも同じ判決がでて上告審でも変わらなかったことで

「この元生徒の女性はウソをついて母校を貶めた」と

最高裁が認定したことになる。

しかし、その裏には橋下徹大阪府知事になって以来

教育の現場に政治が不当介入している

「許されない行為」が問われていたのにも関わらず、

(同校は教育困難校で頭髪指導に力を入れていて

 指導に不満だった当時の生徒を教師がいじめていたことを

 橋下維新府政を批判していた毎日新聞が誇張して捏造記事を

 書いていたと下のHPで拡散されている。

 さらにその下のHPでは2017年の橋下がメルマガで

 府知事と大阪市長には個別の現場における指導に介入はできないという

 真っ赤なウソを書いている。)

それが昨年の総選挙で日本維新の会(維新)が躍進したことで

全てスルーされてしまったようなのだ。

まさにこの3つの判決で

最高裁は「法律の番人」ではなく

「権力の番人」になったとしか言いようがない。

(一応”やとう”の維新を含めて)

憤りが止まらない。

koganem.com

president.jp

 

 

昭和の名作映画「トラック野郎」と原発問題と

最近の映画といえば

「シン・ウルトラマン」とか

東京五輪の記録映画に関わる問題、

そして今年度のカンヌ映画祭受賞作が注目を集めるなど

ohitoritv.com

とにかく話題が尽きないが、

こちらは昭和の40~50年代に

男はつらいよ」と人気を二分した

菅原文太主演の「トラック野郎」について書かせてもらう。

12日にTOKYOMXテレビで見た

シリーズ第5作目の「度胸一番星」のシーンより。

一番星桃次郎(菅原文太)がデコトラで全国各地を走り回り

その土地で出会ったマドンナ(この作品では片平なぎさ)に恋しながら

いつも思いは果たせず、

その一方で数多くの敵役とケンカや競争をしながらも

最後は大ピンチを共に解決していく物語だが

この作品ではあの千葉真一

「北陸のジョーズ」軍団を率いて登場。

上の写真はその千葉演ずるジョーズ

一度は捨てた故郷「角海村」に突然現れ

原子力発電所を建設する作業員や会社の人間と取っ組み合う。

そして村の人間が「これは村会で決めたことだ」と言うと

「その通りよ。だから誰にも手を出させない。

 この村の幕引きはこの俺の手でやってやる!」

そして激しい乱闘の末に

ジョーズは自らのタンク車で「原発反対」の看板ごと

小屋という小屋をぶっ壊す。

そこにやめて!と止めようと夏樹陽子が飛び込むが

それでもなお走って壊し続けた。

しかもこのジョーズ軍団は

炭田があった筑豊(福岡県)や四国のダムに沈んだ村や

沖縄(当然米軍基地)や岩手(ニッポンのチベットだってよ!)の

生まれ故郷の人間を集めていた。

しかし桃次郎は「おまえたちは故郷がほしいんだろう。

ほしければ勝手につくればいいじゃないか。」と啖呵を切って

1対1の喧嘩シーンが派手に行われるのだが

「こんなニッポンに誰がしたんだよ!」と叫ぶ

軍団の子分のこのセリフは

いまの日本映画では決して作ることのできないものがある。

ちなみに初回上映は1977年(昭和52)。

柏崎刈羽原子力発電所の1号機の着工は

1978年(同53)年12月というから(ウイキペディア参照)

おそらくこの建設にかかわる問題を

新潟県を舞台にするということで取り上げたのかもしれない。

(桃次郎のセリフに「あいつ、真野だったのか」と

 ジョーズ佐渡島の出身だということを明らかにするシーンがあったが

 これはフィクションだから出来たことだと思う。)

いまや「脱原発」「反原発」どころか

原発」そのものを映画にすることが出来ない時代だ。

もちろん、福島第一原発事故以降に

その問題を取り上げた作品はつくられてはいるが

「トラック野郎」のように

全国ロードショーの大作に「原発」「原発反対」を入れることを

映画界は「自粛」しているように見える。

そういう意味では

昔は映画に自由な空気があった時代があったということだが、

果たしてこれからの日本は

この自由が縛られ放題になるのか。

それとも解放することが出来るのか。

参議院選挙は22日告示、来月10日投開票日である。

 

ところで、山本太郎さんと水道橋博士さんは

トラック野郎のこのシーンを知ってるかな?

cinema-rank.net

www.tokyo-np.co.jp

 

石垣島と台湾のあの頃の記録を…「長輝少年の戦争」

きのうは千葉県民の日だが

こちらは仕事の日、しかし11日の休日に

京成八幡駅前の古本屋で

読みたい本を見つけた。

2000年(平成12)2月に北水から出版された

「長輝(ちょうき)少年の戦争~石垣島と台湾~」(作・鈴木喜代春 絵・古川ひろし)。

主人公の長輝は実在する人物で、国民学校の1年生(いまの小学校)の頃に

太平洋戦争が始まり、1944年(昭和19)に

一家で暮らしていた石垣島にも戦火がひろがっていくことで

町(いまの石垣市)がすすめた台湾へ疎開する。

仲の良かった高男の家族は石垣島に残ることになり

長輝は飼っていたウサギを高男に預けることにしたが、

日本は必ず勝つと言いながら

自分たちだけ台湾に疎開することを申し訳なく思っていた。

だが高男が長輝のウサギを引き取り、大切に飼い続けた。

その後に襲ってきたのがアメリカ軍による空襲。

ウサギもその時に命を奪われた。

島民たちは命令により指定された場所へ避難する。

高男たちは「白水(しらみず)」へ。

於茂登岳(おもとだけ)とぶざま岳に挟まれた

深い谷間で敵から見つかりにくいが

暗くてジメジメした環境で

マラリアを伝染させるシマダラ蚊が多く飛び交っていた。

高男は、マラリアにかかり苦しみ抜いて死に

二度と長輝に会えることはなかった。

家族も生き延びたのは母親と妹だけだった。

www.youtube.com

疎開した長輝は2人の年上の台湾人と出会い仲良くなる。

陳文基と陳国明だった。

そのうち文基は「高砂義勇軍」に志願して南方の戦線に向かい

戦死し、国明は終戦後も生き延びたが

長輝一家が石垣島に引き揚げるときに

「一緒に日本に連れて行ってくれ」と長輝に言った。

もちろんそれはかなわぬことだった。

2人とも「高砂族」で日本の植民地時代のなかで

日本人として生き続けて、戦争が終わって

国民党政権が台湾を支配する時代になっても

「自分たちは日本人」でありたいと願っていたからだ。

島に戻った長輝は教員になって、

子ども達が平和で安心して勉強できる社会づくりのために

その一生を捧げたのだった。

 

これまで「新聞うずみ火」を通じて

石垣島の戦争マラリアについての話は知っていた。

そしてこの本で、

この事実がいかに残酷で

理不尽なものであることがよくわかった。

 

「誰が戦争をはじめるのでしょう。

 はじめた人は白水などへ行かないで、

 行くのは私たち、町の人よ。

 もう戦争はいや。」

 

戦争が起きれば軍隊は市民を護らない。

まして敗色が濃厚ならばなおさらだ。

あのウクライナでも首都キーウ(キエフ)が陥落しなかったが

生き残るには戦うか遠くへ避難するしか道がない。

日本まで避難した人も100人を超えた。

当たり前のように生きる権利を一瞬に奪い取る

戦争の現実とその歴史を知らずして

真の抑止力を語ることが出来ないはずだ。

なのに、なぜ日本人は自国の領土で起きた(たとえ沖縄といえども)

「戦争がもたらした大量死」の事実を知ろうとしないのか。

もうすぐ沖縄慰霊の日を迎える。

もっとこの本の書いてあることを、

これからの世代に語り伝えるべきであるが

ますます困難になっているのは残念だと思う。

calil.jp

ci.nii.ac.jp