「81回目の『長崎原爆の日』(9日)に開かれる
平和祈念式典に出席するため
長崎市入りする高市早苗首相と
本県の被爆者4団体との面会の場に、
『被爆体験者』3団体の同席を調整している国は、
体験者の発言機会を昨年と同様に設けない方針を固めた。
市に7日までに国から伝達があった。
関係者によると、体験者側が要望していた、
首相への手紙や原爆投下後に
黒い雨や灰が降った記憶を描いた絵などの会場への持ち込みも認めない方針という。」
これは長崎新聞の8月8日、つまり長崎に原爆が投下された日の前日の記事より。
自分の書いたブログを振り返ってみると
岸田文雄が首相だった2024年8月10日のより。
9日平和祈念式典が終わった後、
岸田首相と武見敬三厚労相が体験者の代表と初めて面会し
被爆体験者の「被爆者」としての認定に
前向きな発言をしたことに当事者たちは期待を寄せていた。
被爆体験者には
被爆体験者精神医療受給者証が受給されて
医療費の助成が受けられるが
あくまでも「被爆」ではなく、
「原爆体験のストレス」ということだ。
おととい9日は平和祈念式典のあとに
高市早苗首相が「被爆体験者」の団体の代表らと
長崎市内のホテルで面会したが
上のHP記事にある通り、体験者は発言できず
団体の代表からの要望を聞いたが
「被爆者と同等の医療費助成を実施しており、こうした支援は着実に実施をしていく」
と大ウソをついた。
ホントならば被爆体験者にも被爆者と同じ
「ピンク色の手帳」がすべての人たちに交付されているはずだ。
「塩対応」で、なおかつ大ウソとは呆れるばかりだ。
しかし新聞でも読まなければ誰の関心を持たないから
問題にもならない。
どうしようもない。
体験者は高齢化によって
その当事者は減少する、被爆者と認定された人と同じである。
「岩永千代子さん(90歳)は、
部屋を後にする高市首相と握手した際、
『広島の(黒い雨訴訟の)84人と同じように被爆者と認めてください』
と声を掛けたという。
返答はなかったが、
『しっかり聞いてくれた。私たちはいつ死ぬか分からない。
戦争も、加害も被害もないような政策をしてもらいたい』と語った。」
もっとも首相が何をどうしたらいいか
わかっているかどうかだ。

(きのうの日刊ゲンダイより。)











