「予測に比べると、まずまずに収まった感じですが、
それでも相当の被害が広範に及んでいる」
から、
「日本がひっくり返るような災害と比べたら、
という意味で、一人亡くなっても大変なことだ。」
と言い訳をしていた自民党の二階幹事長が、
(日刊スポーツ15日付紙面より)
ついに、
「被災された皆様に誤解を招いたとすれば表現が不適切だった」
と発言を撤回した。(15日の夕方)
ここでふと考えるのは
「誤解を招いたとすれば・・・」とか
「誤解を与えたとすれば・・・」という
言葉の使い方だ。
反省したというポーズをとっておいて
実は別な本音を持っているのではないか
というモヤモヤしたものを感じるのだ。
本当ならば
「皆様に誤解を与える発言をしました。
お詫びして訂正いたします。」
というのが正しい使い方ではないか。
普通の社会だったら、
まずこのような言葉を発しなけば
とても許してもらえないはずだ。
なぜ政治家や芸能人が
このような言葉の使い方が許されるのだろうか。
とてもじゃないが理解できない。
17日付(16日発売)の
日刊ゲンダイでは
「災害列島で切り捨てられる弱者、被災地」
「見過ごせないのは二階(幹事長)発言は
本音だからだ」と一面の大見出し。
「二階が見ているのは大都市のような光の当たる世界の被害だけで、
過疎地のような社会の負の側面には目もくれていないのでは
ないか。単なる表現ではなく、
あくまで自己責任を強調し、
弱者に冷酷な政権の本音が透ける。」(記事より抜粋)
二階氏は誤解を与えたことを自覚しているかどうか、
これまでの発言を見る限り
そのような印象は
ほとんどないと言っても良い。
かえって誤解をばら撒いているようだ。
それでも平気でいられるとすれば
日本人として失格であるといっても
言い過ぎではないだろうと、
私は思う。