#狭山事件 で冤罪に #石川一雄 さん逝く

表に出ることはなくても

多くの人たちが悲しみ

そして誓いを新たにしただろう。

1963年(昭和38年)に埼玉県狭山市

女子高校生が殺害された狭山事件で、

無期懲役が確定して服役後に仮釈放された後、

3度にわたり再審請求を求めていた石川一雄さんが

11日に亡くなったことが

きのう様々なニュースで伝えられた。86歳だった。

news.yahoo.co.jp

袴田巌さんのように警察に自白を強要されて

証拠がでっち上げられた。

石川さんと弁護団はここまで示してきたこととして

・検察側は誘拐した後に被害者家族に脅迫状を出したというが

 石川さんが中学を除籍になり満足に文字が書けなかったこと。

・脅迫状は誘拐した被害者の万年筆で書かれたが

 警察が押収した万年筆にはライトブルーのインクが入っていた。

 しかし被害者はブルーブラックのインクを使っていたことが

 わかった。(証拠の捏造)

 ・当時の捜査陣は石川さんに罪を認めれば

  10年で出所できるようにはからうと持ちかけた。

  余罪がたくさんあるため、

  殺人の罪を認めなくても10年くらいは刑務所から出られない、

  それならば殺人を含めても10年で出所できるなら、

  良い話ではとでっち上げられた供述調書の内容を認めた。

そして袴田さんとの違いは

石川さんは「部落」出身だという事実があることが

表に出なくても方々に知りわたっていて

それが再審請求にも影を落としていった。

しかし多くの市民や知識人・ジャーナリストが

石川さんを支え、私の住む街でも有志による学習会が

何度も開かれた。

ただ地元の狭山では事件当時の現場は区画整理などで

大きく様変わりされていて

地元でもあまり話をする人もいなくなったということも

知人から聞いている。

これからも再審請求は続くが

冤罪の事実を風化させてはいけないと思う。

 

合掌。

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