
7月1日。
健康診断を予約して有給休暇。
10時を選んだので終わったのはお昼の前。
昼食を摂り古い雑誌を預かってくれる場所に寄ってから

松戸市民ネットワーク「松戸に生きたい私たち」が
機関紙「たんぽぽ」を通じて
千葉県教科書展示会の東葛飾地方の分を知ったからだ。
これまで各自治体が採択前にこのような展示会をやってることを知ってたが
見にいくのは初めてである。
主に見たのは中学の歴史である。
最近は歴史と公民はワンセットになっていることが多くて
一部の出版社がカバーのなかに2つの教科書が入っていることも
初めて知り、読むまでにカバーの中から取り出すのに
難渋することがあった。
また私は中高生だった頃と比べて
サイズがやたらに大きくなった感じがした。
あの頃は歴史などの社会科も国語関係も
A5くらいだった記憶があるが
いまでは音楽や美術や家庭・保健体育(昭和50年代後半ですが)と
同じサイズのB5くらいまで大きくなった。
国語や数学、書写もそうだ。
こうなると「置き勉」もしたくなるだろう。
小学校も同じように見えた。
内容の充実やデジタルとの融合(QRコード)など
そうせざるを得ないことがあるとしても
いっそのこと教科書のデジタルトランスフォーメーションを
早期に進めたほうが子どもたちの負担が軽減されるのではないかと
そう感じてしまう。
しかし例外があった。
あの竹田恒泰が起こした令和図書は
A5版でどこの出版社もやってない
オール縦書きだったのだ。
内容を見ると
古事記を用いた神話教育を入れたのは
その他(山川出版社・東京書籍ほか)は
そして「散華」を使ったのは
令和図書のみで沖縄方面へ飛んだ
神風特攻隊の記述で使われていた。
沖縄戦による死者の統計は各社ごとにバラバラで
国と沖縄県は公式な数字を出せないから
それが言い訳になっているかもしれない。
また特に目立ったのが
「大東亜共栄圏」が大きく書かれたことだった。
他の出版社もその言葉が載っていたのだ。
従軍慰安婦・南京大虐殺・(第二次世界大戦時の)強制連行などの
記述がどこの出版社もきれいに消え失せて
失敗どころか東南アジア諸国における侵略行為(資源確保のための)が
この6文字のもとで正当化されたことに
私は違和感を感じる。
またその一方で
東葛市民合唱団「はるかぜ」コンサートで唄った
「ぞうれっしゃがやってきた」が
学び舎のが1つの項目として取り上げられていた。
これには快哉を叫びたくなった。
しかも、戦争によって動物園の動物たちが犠牲にあっただけでなく
こども議会(台東区)で生き延びた2頭のぞうたちを
上野動物園に呼ぶことをみんなで頼もうと決めたことが
新しい民主主義の息吹になったという内容だった。
これこそが事実の出来事から
歴史の真実へと導きだす本当の教育に繋がると思う。
どだい歴史教育というのはあらゆる出来事を時系列につなげることで
アップアップになることで
じっくりとその背景にさまざまな角度で向かいあうということが
疎かになってしまうことが多い。
特に近現代史なんかはそうだ。
はっきり言ってすべての教科書を教室に並べて
生徒たちに勝手に読ませてそこから
考えて調べる授業をやるべきではないかと
私はそう思った。
でも授業に使えるのはたった1社だけ。
それも学校の先生ではなく
自治体の人間が決めるのである。
これでは勉強することが楽しくなるかといえば
そうはならないと思う。
私も教科書よりも学研が当時発売していた
歴史まんがでその面白さに触れたのだ。
教科書に書いてあることを100%信じ込ませることが
間違いなのだと展示会を見終えて思ったことである。
(追記)
きょうは東京都知事選挙の投票日です。
すべての都民の皆さんが
棄権のないようにしてほしいと
心からお願いいたします。