続・松戸市に自主夜間中学が生まれた

(昨日のつづきから)「松戸・教育を考える会」が発足されて夜間中学校を求める活動がはじまったが、
市の教育委員会に要望書を出したが、「市は人口増に伴う生徒増で、校舎が足りなく困っている状態で、夜間中学校の開設を考えるゆとりなどありません」(当時の学校指導部長)と消極的な態度だった。その後市川と川崎で、公立の夜間中学が開設が決まった時に当時の市長が「市教委の方で、どこの学校に開設したらいいのか検討してください」と発言し、積極姿勢を見せる一方で、市教委は「慎重に検討したい」と消極的な態度をとっていたことから
松戸における夜間中学校の開設運動は膠着状態になってしまった。
こうした状態を打開するために「考える会」は、市に訴えるだけでなく市民に広く呼び掛けていく方向へ活動のあり方を見直していくことを決めて、
1983年4月に考える会の呼びかけに応じたこの問題に関心を持つ40人以上の人々とともに「松戸市に夜間中学校をつくる市民の会」が発足された。
そして7月の第一回総会の中で夜間中学が開設されるまで自主夜間中学を開講して、
義務教育未修了者の学習要求に応えていくことにした。会は自主夜間中学を行うことと公立の夜間中学の開設を求めていくことを
平行して進めていくこととなったわけである。

「夜間中学設置に関する要望書
 戦後の混乱や貧困、病気などの理由で義務教育を受けられなかった人たちが全国に140万人もいます。
 その人たちは中学校の卒業証書がないために、就職・進学・職業訓練などでの技術習得機会が狭めれれており、
 実生活でも、読み、書き、計算ができないため、つらい毎日を送っています。
 その人たちの一部は全国に31校ある夜間中学で勉強しています。
 千葉県下には夜間中学が1校もないため、義務教育未修了の県民で学習要求を持つ人は、はるばる東京の
 夜間中学に通っています。市川市では…(略)…設置の可能性を検討した結果…(略)…夜間学級を実現させようと…(略)
 …現在準備を進めています。義務教育未修了者の置かれている困難な立場をご理解の上、貴教育委員会
 夜間中学開設に率先努力されるよう、お願い申し上げます。
 1979年2月5日
 松戸市教育委員会 教育長・吉井正男(当時)様
   松戸・教育を考える会 代表 相沢吉之助 」
(「新たな出発(たびだち)の今 松戸自主夜間中学校の30年」桐書房刊より)