津原泰水の小説を読む

しかしこんな本の巡り合わせがあるのだろうか。

春になってから

津原泰水の小説を2冊読んだ。

いずれも文庫版で

「ヒッキーヒッキーシェイク」と

ブラバン」。

ストーリーはどちらも

対照的な世界を書いていながらも

10代とその上の世代(なんとなく40代くらい)

のギャップと違和感と、

時代の流れのなかで

変化したこととそうでないことの対比を描いているような

複雑なようで実は単純な展開ぶりに、

一度ページを進めたら止まらないくらいの

おもしろさだった。

「ヒッキー…」のほうはweb用語、

ブラバン」の場合は楽器の専門用語が

ときどき入っていて

その方面に関心がない人には読みづらい点のあるのだが、

けっして特殊な世界に生きる人を

取り上げているわけではなく、

どちらも人と人とのつながり合いで

本当に大切なこととは何だろうか。

家族であれ他人であれ

信じあえること、頼り合うこと、

そして恋愛とはいかなくても

好きになれることとはなんだろうかを

肩のこらない範囲で描き綴っている。

そんな読後感を覚えた。

なにしろ一度は頭の中をごちゃつかせながらも

最後は一服の清涼感を与えてくれるのだから。

これは読んでみなければわからない。

 

また故郷である広島を舞台のモチーフとして

うまく取り入れているのもいい。

ブラバン」は全編がそうだったし、

「ヒッキー…」も最初は東京だったが、

狂言回し的な登場人物(竺原丈吉)の故郷が

広島の三段峡や「ヒバゴン」伝説ゆかりの地を

思わせる設定になっているところにも

好感をおぼえる。

また、「ブラバン」では

ローマ法王ヨハネ・パウロ2世(当時)

が1981年に来日して

日本語で反戦を訴える演説を

広島の平和祈念公園で行ったことも

物語の中に入れて

アクセントをうまくつけていた。

なお「ヒッキー…」については

幻冬舎の雑誌の連載からそのまま単行本に

なったのにもかかわらず、

文庫はハヤカワから出た(昨年6月)。

その顛末についてはこれ。

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津原氏が百田尚樹の「日本国紀」を批判したことに

幻冬舎見城徹社長が激怒して

文庫の出版中止を昨年初めに通告されたとのこと。

この時見城氏はツイッターで単行本の実売の部数を公表したことで

多くの文芸関係者からの反発(公表しないのが出版界の慣例)

を受けて、謝罪し書き込みは削除されたが

同社からの文庫化されないことに

ハヤカワの編集者(塩沢快浩氏)が義憤を覚え

「この本が売れなかったら、私は編集者を辞めます」と

啖呵を切った。

このメッセージが帯についていた。

 

それにしても

「ヒッキー…」は見事に

いまをしっかり刺しているよな。

 

幻冬舎としては

ブラバン」のような作品を

これからもずっとという

ことなのだろうか。

と、勝手に推測するが

時代の変化の中で

ほんとうに書くべきことは

作者の思いを尊重することが

大事だと思う。

 

何でも金や権力の道具に

変えてしまっては

おもしろくもなんともない。

 

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