11月30日に「家、ついて行ってイイですか?」に
出たのをきっかけに50年ぶりの帰郷を実現させた
畠山さん。
その故郷は上京したときから大きく変わってしまった。
この内容についてブログを書いて公開した後で、
「あっ!」と思い出し、
本棚からある一冊の古本を取り出した。
1973年に出された「お別れ列車の旅」(竹重達人著、産業能率短期大学出版部)
に、畠山さんの故郷である達布(北海道小平町)から
留萌までローカル線が走っていたと書いてあったからだ。
1941年(昭和16年)12月18日に開通した
天塩(てしお)鉄道だ。
達布から産出される石炭を輸送するために敷設された鉄道で
この鉄道のおかげで留萌は現在に至る発展の基礎を
つくったといわれていると本に書いてあった。
しかし戦後になって
石炭産業がおちぶれると、社名を天塩炭礦鉄道に改称し
合理化を進めたが
炭鉱の縮小が止まらず
1967年(昭和42年)7月31日に廃止された。
ちょうど畠山さんが東京へ出る2年前くらいに当たる。
廃止直後の達布の町は
炭鉱からどんどん人が離れていき
もうその頃から
子どものころに見た風景は変わり始めていたのでは
ないかと思う。
実家は農業をやっていたが
同級生の親たちは炭鉱関係の人がたくさんいたのだろうか。
番組では自然に帰った風景や
小さくなって炭鉱があった面影のない
達布を映していた。
これから先は畠山さん(と再会した同級生)のような人たちが
ふるさとの思い出を語り継ぐことになるのだろうか。
ちなみに番組では
畠山さんがどのようなルートで東京に行ったのかは
話はなかったが、
留萌から小平町の中央までバス。
そこから達布まではタクシーで、そこから徒歩で実家の跡地へ。
時代はそこまで変わってしまったのだ。