初めて書いた自分の名前


5月12日に行われる地元の合唱団「はるかぜ」の30周年コンサートの音楽劇
「虹色のえんぴつ」の合唱練習に参加する。11月末に開始され、4回目になる。
この音楽劇では10の劇中歌があり、独唱や合唱を交えながら劇が行われるのだが、
全ての曲がやっと完成して本格的な練習が実行されることとなった。
きょうは歌の全てを作詩した大門(おおかど)高子さんも訪ねてきて
挨拶と歌に関するお話もしてくれた。
その中で印象に残ったのは「初めて書いた自分の名前」という歌のこと。
(詩)
時代が悪かったと言いたくはないが 恨みたくなる日もあった
けんかばかりの日も 酒におぼれた日もあった
字が書けないなんて 言えなかった
包帯をはずして書いた 自分の名前
初めて紙に書いた文字 これが俺の名前か
もつ手が震え 涙があふれた(合唱ではここを3回繰り返す)


大門さんはこの詩の包帯についてこう語った
「字が書けないと言えないから利き手に包帯を巻くのです。そうすれば
けがをして書けないから代わりに書いてくれと頼むができる。」
しかしずっと巻き続けた包帯は汚れ続けたまま外すことができない。
それをやっと外すことが出来たのは、
自主夜間中学に通って字を書く勉強が出来たからだ。
この事実は当事者でなければわからない。
そして手を差し伸べる立場の人間でなければ
その心に寄り添うことが出来ない。
歌を通じて知らなければならないことはまだまだある。
練習を終えた後に見た映画「こんばんは2」では
「任定卒」という言葉を知った。
いじめなどによる長期の不登校をしても
中学を卒業させたことにするという学校側のやり方だ。
夜間中学が必要とされる理由がここにもある。
全ての勉強できなかった、学び直しを望む人の数は
2010年の統計で約12万人。

https://mainichi.jp/articles/20180928/k00/00e/040/259000c