「私はこの死刑囚という特殊な境遇にデッチあげによりおかれ、初めて死刑の残虐のなんたるかを熟知した。
確定犯は口をそろえていう、死刑はとても怖いと、だが、実は死刑そのものが怖いのではなく、
怖いと恐怖する心がたまらなく恐ろしいのだ。」
映画「BOX」にも出てきた袴田巌のその言葉を、獄中からの手紙を編集した一冊
「主よ、いつまでですか」から見つけたときに、
その言葉を理解することの難しさと、理解しなければならない大切さの両方を痛感させられた。
袴田巌氏は1969年に逮捕、収監されて長時間にわたる拷問同然の取り調べのなかで
無理矢理「自分がやった」と言わされた挙句、第一審から1年たった頃に、
これまで出てこなかった犯行当時の着衣(本人は否定)を新証拠として起訴事由を検察に変更させられた。
このような自白偏重のでたらめ捜査や前代未聞といえる検察の起訴のやりかたをすれば、
自分の無罪は必ず証明されると信じて疑わなかった。
手紙の最初のころはその思いを率直につづっていて、明るさや希望を失わないという内容だった。
しかし最高裁で死刑が確定してから、後援者の励ましを受け、洗礼をして
信仰を心の支えにしても、いつ自分の死刑執行の時がくるのかという
恐怖の戦いは想像を絶するものがある。
無実の罪を訴えながらも、法に基づき刑が執行されれば全てが終わる。
真実は簡単に闇に葬られるのだ。
その「恐怖」を袴田氏は改めて実感したのではないのか。
獄中からの手紙は1989年で終わっているが、
現在の袴田氏は拘禁性精神病で、自分の姉をも判別できない危険な状態にあるとのこと。
袴田氏の口からもう永遠に真実の言葉が聞けないのだろうか。
もっとも罪深いとはこういうことではないのか。
- 作者: 袴田巌,袴田巌さんを救う会
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