君が代強制と「自由な風の歌合唱団」と(東京新聞社説より)

3日に行われた

「コンサート・自由な風の歌 憲法交付の日に」

のプログラムにはさまれたチラシのひとつ。

先月31日付の東京新聞朝刊社説のひとつ。

www.tokyo-np.co.jp

合唱団が結成されるきっかけとなった

都立高校教員(元)に対する

君が代強制」に対する裁判に関することだった。

林光(はやし・ひかる)先生が主宰となって

この裁判を支援するためのコンサートを2015年に始めて

行われた。場所は武蔵野公会堂。

3日のコンサートは第1回以来

久しぶりに武蔵野市で行われると

最初の挨拶で実行委員も話していた。

社説では都が通達を出して

事実上卒業式で君が代を強制させたことは

国際労働機関(ILO)や

国連教育科学文化機関(ユネスコ)の合同委員会(セアート)が

国際基準に反するという理由で勧告を続けていて

(1966年ユネスコ「教員の地位に関する勧告」日本も採択。)

公務員の職務に従うべきだとする

文部科学省の主張も退け

組合側と国旗掲揚や国歌斉唱に参加したくない

教員にも対応できる内容を定めた

合議に基づく規則作成を求めている。

しかし国と都は国旗国歌法(1999年制定)は

「国民に新たな義務を科するものではない」と主張したことで

その勧告を否定しながら

実際に歌うことも演奏することを拒否した教職員を

懲戒処分にして再雇用からも排除し

大阪府に至っては起立斉唱を「義務化」するという

ダブスタ」をやっているのだ。

はっきりいって今の世の中は

国旗掲揚と国歌斉唱が若い世代には

当たり前のようにやっているが

実はその理由にまったくの根拠がないのだ。

なぜなら愛国心はそういうことをしなくても

様々な方法で可能だし、

かって日の丸と君が代

戦争のために利用された歴史もある。

その事実が抹殺されていることすら

だれも疑問に思わない

「おかしな現実」ばかりが放置されている。

まさに「これでいいのか」という動きを

学校などの教育機関から排除したのは

行政や法律ではなく、

時の政治権力の「我欲」によるものだ。

それがいまの旧統一教会の問題や

安倍元首相の殺害までつながっているのに

それを認めようともせずに

法的根拠のない「強制」だけが存在しているのだ。

だからこれからも

自由な風の歌合唱団では「君が代」よりも

憲法前文や9条を唄い続ける。

いまの憲法はみんなが幸せに生きる権利が保障されている。

だから歌うことに意義がある。

そして、また来年も。

shiraike.hatenablog.com

www.kinyobi.co.jp