なぜ「懲役+禁固=拘禁刑」にしちゃったのか?

(きのうのつづき)

侮辱罪の厳罰化に加えて

懲役刑と禁固刑を廃止して

あらたに「拘禁刑」を設ける

刑法改正案がおとといの13日に

参議院を通過し、成立。

公布から3年以内に適用されることになった。

14日の読売新聞朝刊「スキャナー」では

「立ち直り」重点をいう見出しで、

懲罰という「処遇の目的」を大きく変えることで、

更生や再犯防止に向けてきめ細かく対応できるように

するのだというのだが、

いままでのやり方でも十分ではなかったのだという疑問がある。

しかし、禁固刑を科せられた受刑者も

自ら望んで刑務作業をすることが多いことや

受刑者の高齢化が激しくなって

懲役刑を科すことが難しくなったり

再犯率も(年齢別に関わらず)高くなったということで、

「これからは刑務作業や禁固にこだわらずに

 自らの罪に向き合う時間を増やすことを重視する。」

というふうにするということが書いてあった。

だが、IWJ(インディペンデント・ウェブ・ジャーナル)のレターでは、

5月20日に参議院本会議で

日本共産党の山添拓議員が

木村花さんの自殺について、SNS上の誹謗中傷だけではなく

テラスハウス」の担当ディレクターが花さんを

狂暴な行為をさせるような「やらせ」を行ったことに

原因があったのではと指摘し、

さらに札幌市での安倍晋三(当時の首相)へのヤジ行為で

警察が拘束したことが侮辱罪の厳罰化で認められるのではないかと

国家公安委員長に質問したことに続き

拘禁刑の新設について、

「懲役刑が、殺人、放火、強盗などに対する刑罰であるのに対し、

 禁固刑は政治犯や過失犯などが対象とされてきました。」として

政治犯は、通常の犯罪者と異なり、

 その名誉を重んじた処遇を行うべきだという考えのもとに、

 刑務作業を強制しない禁固刑を科すべきとされてきたものです。

 戦後の刑法改正をめぐる議論でも、

 政治犯・国事犯の思想を

 強制労働で改造するようなことがあってはならないという配慮から、

 懲役刑と禁固刑の区別が残されてきました。

 刑罰によって人の内心まで変えることは許されないと考えますが、

 どのような認識ですか。」と追及したのだと。

結局は、受刑者の更生については

すべて刑務所のなかで完結させることばかりでは

うまくいかないことがわかっていながら

「それしか方法がありません」しか結論を出せない

立法府」のアタマの薄さばかりが目立ったとしか

言いようがない。(とくに自民・公明・維新と国民民主党!)

たとえ刑期を終えてシャバに出たとしても

元受刑者だった人間を

きちんと「社会の一員」として受け入れることが

いまの「世間様」にあるのかということが

一番に問われていることではないのだろうか?

こういう時こそ

「自助・公助・共助」のすべてを活用して

社会的な「更生」のプラットフォームを立ち上げるべきだと思う。

そして、「拘禁」といえば

逮捕されて起訴されるまで(または不起訴)

捜査員の言うことに従わなければ

警察の留置場で長期拘留されっぱなしの

人質司法」がこの国に存在しているではないのか?

こっちの方が「廃止」にならないのがおかしいと思うのだが。

shiraike.hatenablog.com

なお、前日に書いた木村響子さんは

前述についてフジテレビに真相究明の協力を求める

ネット署名を立ち上げている。

私も協力させていただいた。

www.change.org

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