「あっ、言っテレラ! あっ、慎デレラ!」と「皆、何を恐れ何に気を使っているのだ」と

石原慎太郎氏の死去について

マスコミは死者に鞭打つ行為はしないということで

どこも礼賛モードの記事を出していた。

それに対してSNSでは

過去の言動や行為を許せないと書きこんだことに

罵詈雑言のクソリプ返しをやっているのに

しばしば出くわしている。

twitter.com

(ここではまた自民党長島昭久がバカをやらかしている。

 以下は上のリンクから見てほしい。)

さて、私が書きたいのは

石原慎太郎がさんざん暴言や失言をやらかしても

世間がきちんと批判どころか

「社会風刺」としてみんなが面白がった時代があったことだ。

昨年末に惜しまれながらも40年もの連載を終了させた

山藤章二の「ブラックアングル」(週刊朝日)。

その中に1977年に環境庁長官だったころに

水俣病問題に際して胎児性患者からの

「仕事がしたい」との要望する手紙を読んだときに

 

「この抗議文はIQが低い人が書いたにしては

 しっかりしておる・・・」

 

これに患者団体が大怒りして

後日、石原本人が患者たちの前に土下座して謝ったのが

ニュースになったが、

news.yahoo.co.jp

山藤さんは当時TVで何度もやっていた

キンチョール大日本除虫菊)のCMをもじって

研ナオコが言ってた

「あっ、またまた蚊が飛んデレラ!

 あっ、死んデレラ!」を、

「あっ、またまた言っテレラ!

 あっ、慎デレラ!」にセリフを変えて

見事なユーモアに仕上げたのだ。

showa-natsukashi.com

ちなみにこのイラストは新潮文庫版の

「ブラックアングル(19)77(年)」の表紙も飾っているが、

いまこんなのをやったら

ネットで炎上するだけでは済まされないだろう。

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こちらは2日発売の

日刊ゲンダイラサール石井さんのコラム。

写真の上の部分が薄いので書きおこしを。

 

ウーマンラッシュアワーの村本(大輔)くんのネタに、

「僕の生まれた福井には美浜原発、高浜原発

 大飯原発原発だらけ。でも僕の町は

 夜8時を過ぎたら真っ暗になる。

 これだけは言わせて下さい。電気はどこ行った!」

というネタがある。

それほど福井県には原発が多い。

その福井県で去年からある問題が起きている。

 

という導入部から以前ブログで書いた

「明日のハナコ」の一件を取り上げている。

shiraike.hatenablog.com

ラサールさんによると

「村本くんのドキュメンタリー撮影中の

 映画監督の話では、先ほどの村本くんの原発ネタの

 映像を使用したいと申請したら、

 それはもう二度と使用しないと却下されたらしい。」として

「皆、何を恐れ何に気を使っている」と

明日のハナコを記録から潰そうとした県高校演劇連盟を

激しく批判している。

 

ここで石原慎太郎に戻る。

あの田中真紀子が「暴走老人だ」と揶揄した翌日の国会で

「暴走老人の石原でございます」と

やりかえしたことがある。

www.sponichi.co.jp

いまの政治家や電力会社、そして彼等に忖度する

福井の高校演劇関係者(ケーブルテレビも)

のように陰湿極まりないやり方も用いて、

批判した相手を潰す行為を石原慎太郎という人間は

いっさいやらなかったし、

(周辺の人間が勝手なことをやったという事実もあるが…)

マスコミも石原本人に対して

言うべきことをちゃんと言い

そのかわり良い仕事をした時はきちんと評価している。

真の批判精神があったのだ。

「昭和」から「平成」そして「令和」になって

政治家もマスコミも全て変質した。

残念ながら、もはや石原慎太郎のような政治家が

出てくることはもうないだろう。

それどころか当人が残した「悪しき遺産」が

いまの日本と東京都をむしばんでいるのも

事実である。

 

石原慎太郎の死は悼めるのに、

 石原慎太郎に傷つけられて

 今も生きている沢山の生者に思いを馳せる事の出来ない人間が、

 私には理解できません。

 石原慎太郎の死も、本心から悼んでいるというよりは、

 左翼を叩けるから、という理由で悼んでいるのでしょう。

 左右関係なく、石原は本来論外の筈ですが。」

「『そうではない、本当に石原慎太郎の死を悼んでいるのだ』というのであれば、

 何故石原慎太郎ヘイトスピーチに苦しめられた人たちへの労りや

 同情の言葉がその口から一切出ないのか、お答えください。」

(青春クソ野郎さんのツイッターから転載)。

 

合掌。

 

www.tokyo-np.co.jp