2020東京大会が終わってそろそろ1か月が過ぎようとしている。
組織委員会からのお知らせメールが届き、
やっとチケット払い戻しの手続きをとることが出来た。
ただし口座振込の場合は
スポンサーであるVISAカードと提携している銀行・信金・信組でないと
ダメだということがわかった。
ゆうちょまたは労働金庫しか口座がない人は
ただちにカスタマーセンターに連絡を!
そうしないと絶対に返金してくれませんから!
ニュース|東京2020オリンピック 公式チケット販売サイト (tokyo2020.org)
さて話題を変えて、
「新聞うずみ火」の10月号の記事から。
円盤投げの代表として銀メダルを獲った佐藤京子さん。
「新聞うずみ火」の読者同士のちょっとしたお付き合いである。
初めて出会ったのは8年前、
同紙のイベントで東日本の読者対象の忘年会を
新宿で開いたとき。
その頃の佐藤さんは既に選手をやめていて
ほとんど。でも身につまされた。
上の記事にもある通り車椅子で円盤投げをやっていた佐藤さんは
アテネの2年後のエレベーター事故で次のパラ出場の道が断たれたのだ。
それからさらに時が流れて、パラスポーツから遠ざかったことと、
生活することや働くこと(非正規の公務員だったが突然人員削減でクビに)
が安定しない中で、
自らの目線、つまり車椅子からの視点で
社会の「いま」を考えるコラムを
うずみ火で書き続けてきたのだ。
忘年会や大阪で行われた150号記念パーティーで何度もお会いしたが、
とても選手時代のことが聞けなかった。
しかし、東京パラの聖火リレーには
PAJ協会の推薦で
参加したと書いてあったのだ。
(佐藤さんからいただいた名刺、介助犬ニコル君が表の面に。)
緊急事態宣言中の東京のため
トーチキスの参加だったが
右手で電動車椅子のレバーをとり
聖火のトーチは握力のない左手で。
介助犬協会の訓練員さんに持ってもらい
手は添えるような形にしたのだと。
佐藤さん自身はコロナ禍のオリ・パラ開催は
時期尚早だということで反対だったそうだ。
それでも参加することに決めて、
介助犬のニコル君には沿道が太陽熱で火傷をしないために
靴を履かせるなどの対策を講じたが
コロナの第5波のためにリレーが中止に。
でも夕方に順番が回ってきたので心配していたことが起こらず
無事に終わったのだと。
ここまで来るには揺れ動く気持ちがあったが
最後は心を落ち着けて当日を迎えたのだと。
わかる。
そして燃え尽きていない炎があったことを再確認したと。
消えた夢と希望が蘇ったのだろうか。
それが生きていくことを諦めない思いにつながったのだろうか。
そこまでは文章からはわからない、もどかしい思い。
またお会いした時にこのことについて詳しく聞いてみたい。
それにしてもニコル君が来年3月で引退とは。
新しいパートナーにも恵まれればいいのだが。
介助犬はまだまだ社会に認知されていない状況なのだし。