山城博治さんが沖縄平和運動センター議長退任「でも、お疲れ様ではない」

座り込め ここへ

座り込め ここへ

座り込め ここへ

ここへ座り込め

 

この文字だけでは

あの時の熱さと一体感が伝わらない。

でも、2018年に初めて辺野古のキャンプシュワブ前の

テント村行動で見た、この人の激しくそして楽しさもある

基地反対の訴え、というより

歌や掛け声などまるでお祭りのような楽しい空間があることに

大きく心が引き付けられるものがあった。

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「ヒロジさん」こと山城博治さん。2013年から務めた

沖縄平和運動センターの議長を9月10日付で退任したという報道が入った。

(上の写真は14日の東京新聞特報面より)

 

「与那国に米軍掃海艇が入港した時、

 ケビン・メア在沖米国総領事(当時)と初めて会い、

 その後石垣、宮古とあちこちで激しくぶつかった。

 その後は高江、辺野古で現場を張ってきた。

 最初は米国と向き合ってきたが、

 途中から日本政府と向き合うことになった。

(見出しの「東京抜きに語れぬ」とは

 銀座のデモでヘイトスピーチを受けたことなどで

 その背後にある安倍政権の日本政府の脅威を感じたということ。)

 総じて言えるのは、何も変わっていない。

 基地はますます強化された。

 島々の軍事基地化が進んでいる。

 このような時期に退任するのは慚愧に耐えない。」(記事より)

 

確かにそうであろう。

しかしヒロジさんは青年時代に

コザ暴動の抗議行動で自らも傷ついた体験から

「大衆運動は楽しくないと駄目だと思っている」。

だからこそきゅうきゅうしたやり方をやめて

たとえ下手でも歌を唄いみんなで共感して

盛り上げていくやり方を続けてきた。

最初の文章は

「座り込めここへ」の出だしの歌詞だ。

そのほかにも

フランスの唄をヒロジさんが替え詩にした

沖縄の未来は 沖縄が開く
戦さ世を拒み 平和に生きるため
今こそ立ち上がろう
今こそ奮い立とう

この歌も辺野古で聞いた。

「沖縄 今立ち上がろう」という題名だった。

辺野古 抵抗の歌 ② 沖縄 今こそ立ち上がろう | うちなぁ かな日記 (nuchigusui-kikou.com)

 

安倍政権になってから県警機動隊の目の色が変わってきた。

むちゃくちゃな弾圧を受けて

不当逮捕で長期間の拘束を受けた。

しかし県内のみならず全国の市民が

名護警察署の前で

「ヒロジさーん、私たちはここにいるよー」

と声をかけ続けて

釈放されるまで、心が折れないように一つになった。

「靴下の差し入れはダメなんですよ。

 これで自殺行為をするからだって。」

これを初めて知ったのもヒロジさんのおかげだった。

 

これだけ沖縄から反基地を全国へ向けて

発信してきたヒロジさんも

最初は地元住民から苦情をたくさん受けた。だからこそ

政府と警察に向き合うが

最も重要なのは地域の住民に向き合い

誤解のないようにメッセージを送ることだと。

 

そして最後に

「人は心のなかにチャンネルがある」と。

歌や踊りに感涙し、深い悲しみ、喜びを感じる

チャンネルが重層的にあるのだとして

その感情を引き出しながら運動を続けたと。

「後任にも、下手でもいいから歌えといいたい。」

 

ヒロジさんが一線を退いても

これからも辺野古はきっと

「座り込めここへ」は歌われるだろう。

これからも反基地の闘いは終わらない。

お疲れ様でしたではないのだ。

「一生現役。いつでも大衆運動の中にいる」 議長退任の山城博治氏に聞く | 沖縄タイムス+プラス ニュース | 沖縄タイムス+プラス (okinawatimes.co.jp)