千葉市内の戦跡を見る

(昨日のブログのつづき)

千葉市にあった旧気球連隊の格納庫の

学習会を見終えて

千葉市の平和パンフレットを見ると

近くに戦跡がたくさんあることがわかったので、

回ってみてきた。

まず、近くの作草部公園から。

f:id:shiraike:20200920041614j:plain

草に埋もれて見づらいが

ここに陸軍歩兵学校があった跡で

門がここにあったと。

f:id:shiraike:20200920042003j:plain

(こちらも旧陸軍歩兵学校の門跡)

f:id:shiraike:20200920042438j:plain

(公園にある陸軍歩兵学校跡・平和之礎)

f:id:shiraike:20200920042645j:plain

(旧気球連隊の学習会の展示より。)

モノレールをはさんで反対側にある

千葉経済大学の敷地には

旧鉄道第一聯隊の材料廠だった

建物が、県の指定有形文化財として

保存されていた。

f:id:shiraike:20200920043239j:plain

パンフレットによると

ここで鉄道工兵の教育や

鉄道機材の修理が行われたとのこと。

戦後は大蔵省、国鉄を経て

現在に至ったと。

建造されたのは1908年(明治41年)で

中心部に柱のないアーチ型構造で

県内でも数少ない建造物。だが、

内部まで見ることが出来ないのは

ちょっと残念だが仕方がないこと。

f:id:shiraike:20200920044129j:plain

少し歩いて千葉公園へ。

大賀ハスがある綿打池があることで有名だが

ここにも鉄道聯隊の跡がある。

f:id:shiraike:20200920044315j:plain

これは架橋演習用の橋脚。

f:id:shiraike:20200920044620j:plain

公園入口にある緑地事務所の敷地にあるのは

トンネル工事のドーム跡ということで、

f:id:shiraike:20200920044956j:plain

ドーム跡の上には

鉄道聯隊の聯隊章があった。

そして右には

f:id:shiraike:20200920045516j:plain

「元鉄道隊演習時構築せる隧道」と

国鉄道聯隊連合会がつくった

案内版がつけられていた。

 

いまの新京成電鉄

元の鉄道聯隊が敷いた線路を活用して

路線が出来たというのは知っていたが

聯隊の中心はいまの千葉公園にあったことは

全然知らなかった。

このことは

よほど鉄道か戦争の歴史に関心を持たないと

通り過ぎてしまう跡だ。

地元では戦跡のウオーキングを開催するなどして

記憶の風化を止めるべく奮闘しているが、

私もきょうの記憶を忘れることなく

さらに地元の戦争の歴史を遺す方法を

考えていきたい。

kur0s1ba-wank0.com

sites.google.com