やっぱり「令和」の令は「命令」の令だった。

1年前の4月のこと。

エイプリルフールに新しい年号である

「令和」が発表されてから、

「令」の意味は何なのかが論争になった。

「麗しき」の「令」か、

「命令」の「令」かのどちらかで。

安倍政権を支持する側は

万葉集からの由来をそのまま受け止める形で

「美しい人々が集い喜ぶ」様を「令」にあらわしたと

理解し、日本古来のことばを由来にしていることに

歓喜を表した。

それに対して私を含む

「反・安倍」側は

万葉集に所載された大伴旅人も中国の漢詩

影響を受けているのだから、

根本は中国にある。

それに「律令」としての

命令による「令」と考えるのが自然ではないかと。

 

結果的には

「令和初の!」の言葉がマスコミや

webなどで大きな見出しになることで

自然にこれらの論争が下火になってしまったが、

今年の春、

よもや新型コロナウイルスの感染拡大で

この一件を思い出すことになるとは

思わなかった。

 

本当なら

桜を見る会」「園遊会」などで

本当に美しい人達が一応ながら

集まって「うるわしい」ひとときを

迎えるはずだったのが、

政府の大失態で

「桜を愛でる」余裕がなくなった。

 

あるのは

「緊急事態宣言」と

「自粛要請」と

「ロックダウン」。

それをいまや国民のほとんどが

望んでいる。

もはや

「令和」の「令」は

「命令」の「令」になってしまった。

しかし、

コロナウイルスの感染拡大を阻止するには

ただ「お上」からの

「命令」に従うだけではダメになってしまった。

自分に出来ることは

自主的かつ率先してやらなければならないし、

こと細かいことに関しては

「自分の頭で考えろ」ときた。

もっともこれをやらなければ

本当に「令しい」ことが

自分のもとに訪れないということであろう。

 

まさに「令和」時代は

「昭和」同様、激動の始まりと

なったしまった。

shiraike.hatenablog.com

shiraike.hatenablog.com

shiraike.hatenablog.com