大阪・宮崎・長崎の旅(7)

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黒田清さんを追悼し、平和を考える集い」は50人分の机が満杯になり、立ち席が出たため
急きょビニールシートを前に敷いて座ってもらうほどたくさんの人が集まった。

黒田さんは読売新聞大阪社会部長を経て「窓友新聞」を起こし(2000年逝去のため廃刊)、読者との交流を深めるために
「窓友会」をつくるなど従来の新聞記者の常識を破る仕事や活動で、ジャーナリズム界に大きな影響を与えてきた人だった。
私は「月刊現代(休刊中)」で黒田さんの記事を読んだことから
「窓友会」の会員になり、その後を受けた「新聞うずみ火」の読者として
窓友会の方々とお付き合いをさせてもらっている。

(挨拶をするうずみ火編集長の矢野宏さん)
毎年黒田さんが亡くなった夏に追悼と平和を考える集いが大阪で行われていて
私は一昨年から参加させてもらっているが(一昨年は新井英一コンサート、昨年は露の新治さんの人権落語会)、
今年はうずみ火が大阪府から委託された、大阪大空襲の証言と映像をDVDに残す事業が完成したとのことで
このDVDをみんなで見て証言してくれた方の生の話を聴く集いとなった。
DYDは6巻構成になっていて、1945年3月、6月、9月の空襲被害を受けた34人の証言を取材編集されている。
集いでは6月編のその1(38分)と2(36分)が上映されたが
当時の写真と現在に残る被害者の心身の傷、空襲を受けた建物の跡も映像で現され、
証言と併せて被害の大きさと悲惨さを激しく伝えている。
私の左となりに座ったカワチヒロシさん(80)は当時学徒動員中に浪速区で被災し、そのときは
現在の大阪環状線の寺田町近くのガード下に逃げ込んだのだが、
道のまわりはすべて火と煙が充満していてどこに逃げたらいいのか方向さえもつかめなかったという。

証言者の坂口道子さん。兄と父を空襲で亡くし、以来母が岡山などで買いだしに行くために
弟と妹を育てる役目を8歳から勤めていたという。
そして今自分と同じ年齢で空襲被害にあった人との対話や捜している活動をしている。
上映用のパソコントラブルで坂口さんに急きょ話をしていただいたが
カワチさんも自分の体験を思いながらDVDを見て坂口さんの話を聞いたという。

集いで配られた新聞うずみ火増刊号。
黒田清さんも大阪大空襲の被害を受けたことから
戦争の証言を残す取材を行い「戦争展」を大阪のデパートや通天閣で開くなど
戦争を許さず平和を守ることに人生を捧げた人だったのだ。
(つづく)
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